2003年書き綴り08
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■  2003/8/1 (金)   PLの花火大会

夏の高校野球大阪大会 PL高校が優勝いたしました。久しぶりの甲子園出場です。

私は花火大会10年ぶりで2回目です。家内は花火好きで4回目です。
大阪の南東部 金剛山のふもと、富田林のPLの花火大会は
離れたところからでも見ることはできるのですが、迫力を求めてPL近くの丘陵にあるゴルフ練習場まで行きました。

この付近は午後2時過ぎになると道路が閉鎖されてしまいますので、それまでに最寄のところに入っておかないといけません。
ゴルフ練習場の駐車場へいきます。

私がついたときにはもうゴザやシートで場所取りされており、遠慮気味に隙間に座り込んで3時から待つことにいたしました。
夏PLの花火クライマックス 開始まで4時間半あります。
ここの入場料は一人500円です。駐車料金が別途3000円となります。
そしてゴルフ場のトイレが利用できるので女性も安心です。
場所に寄っては駐車料金1万〜5千のところもありました。

シートで陣取りした人たち、仲間や家族で来ているのでしょうあちらこちらでバーベキューを始めるのです。そばでやられるとたまったものではありません。
子供は走り回るは、花火が始まるまでが苦難のときでした。
けんかをすることはできませんので、ラジオを聴きながら家内とじっと耐え忍びました。
PLの花火は密度が濃いのです。12万発を固め撃ち。
おなかに響く爆発音、美しい花火の演出に次々と歓声と拍手が沸き起こります。
私も夢中で声を出しており、すばらしい1時間15分のページェントを堪能いたしました。
帰りが大変です。あわてずあせらず帰ってきました。
車以上に単車やスクーターで皆さんお帰りです。
それも50ccバイクで二人乗りのメチャ多いこと、交通整理の警察官も今日は特別お目こぼしのようでした。

  2003/8/2 (土)   大型スクーター

春から夏は2輪車の季節です。
雨に降られると困りますが、季節の風を感じて走るのは爽快なものです。

昨夜は50ccのミニバイクの二人乗りが多いのみにはびっくりいたしましたが、
それにも増して大型スクーターが確実にふえ、皆さん乗りこなしておられるのに羨望を感じました。
中高年の男性が大型スクーターで颯爽と走っている姿は「かっこうよく」いいものです。

私は小さいとき、大型バイクが憧れで、
メグロ、陸王、BMW、ハーレーダビットソンが道端に止まっていると
飽きずに眺めまわしておりました。

250ccを超えると高速道路を走ることができます。
近くのお買い物から、長距離ドライブもOK、出先で駐車の心配も少なくてすみ、
活動派の中高年には是非欲しい一品となるのではないでしょうか、
高額ですがまだまだ需要は増えると思います。

大型スクーターは2輪好きな「中年の男心」をくすぐり、
北海道の田園地帯を颯爽と走る姿を夢に描いてしまいます。

8/3から一週間、青春18切符を利用し夏山(日本中央アルプス)へ行く予定です。

  2003/8/11 (月)   山行きの顛末 1

8/9の夕刻に帰宅しておりました。

泥と汗にまみれた携帯品をひとまず整理をして、
パソコンに取り付き、溜まったメールを受信はしたのですが個別に開くと1秒ほどでエラー表示が出てOE(アウトルックエキスプレス)が終了してしまいます。

たいていは再起動すると回復するのですが、
今回は様子が違いIE(インターネットエキスプローラー)まで同じ状態で続けることができません。

XPのシステム回復(以前の状態に戻せる機能)を試みたですが、
復元ポイントが消えおり肝心なときに頼りになりません。

一旦IEを削除しXPをインストールしなおして動作を確保しております。
読み込みできなかったDLLも多々あり前途多難が予想されます。
経過を見てXPのクリーンインストールが必要なようです。

稼ぎにはなりませんが、
暑い夏、溜まったお問い合わせをお手伝いをしているうちに一日は瞬く間にたってしまいました。
さぁこれから街中の現実に早く溶け込まなくてはと頭の切り替えをしているところです。

京都駅メインホーム、「美女と野獣」一晩経って己が野獣顔になるとは思っても居りませんでした。 店を営業しているときには8/20以降に休みを取り「山」に行っておりました。
そんなときに、諸先輩から
「山」は梅雨明け10日が最高のお天気、また高山植物、お花の咲きも盛りになる
と聞き及んでおりました。
是非そんな時期に行ってみたいなぁと思って居ったのです。
実際は、そんなに甘くはありませんでした。
今年の気候は変則なのかもしれませんが、いまいちでした。
縦走路のお天気は日の出(5時前後)から7時までが勝負、後はガスが沸きあがり山頂を覆う状態、
午後になると暗雲が覆い雷と豆粒ほどの豪雨が断続的に襲って来る始末。
お花の方も高貴な紫色のトリカブトはつぼみが膨らんだ程度でした。
8/20を過ぎた花畑は燃えカスのように聞かされておりましたが、自然は夏の山、花の種類で時期と場所を譲り合い咲きわけをしているのです。
同じ花でもあわてものも居れば遅れもいる事でバランスをとり楽しましてくれるので、 『自分が行ったときが最高』と思い込むことです。
色々あって面白いというものですね。

  2003/8/12 (火)   山行きの顛末 2

山好きな人それぞれ山への思い入れがありポリシーをお持ちです。
それも歳を経ることでまた順応が変わってくるものです。

今回の山行き中央アルプスは伊那駒ヶ根からロープウェイが山頂近くまで連絡されており、山慣れていない方も夏場は手軽に木曽駒ヶ岳を制覇することができるのです。
少しお金がかかりますが時間と体力を節約して山頂で登山者気分を味わくことができます。
私は体力が続く限りは逃げることなく、
オーソドックスに麓から汗水たらして自分というものに挑戦していきたいのです。
停車中の「中津川」行き快速セントラルライナー また登山口に行くのも新幹線や特急列車を利用して手早く行くことも選択肢にありますが、
普通列車の各駅停車で乗り継いで行くことも「男のロマン」というものです。
そんなことで青春18切符を活用しあせらずに行くことにいたしました。
ご存知と思いますが青春18切符は11500円で5人または5回分、
午前0時00分から午後12時00分まで24時間普通列車と快速を乗り放題で利用できるものです。

大阪環状線『JR鶴橋』よりスタートいたしました。
朝の車内あちこちでファンデーションや口紅、付けまつげの修正などお化粧中の女性たちが多いのには驚きました。
女性の『美』に対する執着を決して軽んじているのではありません。
若くありたい、花でありたいと願う熱意は十分理解することができます。
おしゃれ心に疎い私には頭の下がる思いです。高島屋、東急ハンズの看板がかかった名古屋駅ビル 行き先も確かめずに乗り込んだ快速は「今津行き」だったので湖西線へ入ってしまいます。
大慌てで京都下車、正面の「美女と野獣」の看板を見つつ「長浜行き」快速に乗り換える。
美女を求めていく私が、野獣そこのけの顔になるとは思いもよりませんでした。
美女とは駿麗な中央アルプスの山々たちです。
特に「空木岳(うつぎだけ)」「南駒ヶ岳」「三の沢岳」は鋭く美しく天を突き刺しております。

米原で乗り換えて名古屋につきました。
ホームの正面へのしかかるように高い駅ビルができつつあります。(写真右)
JRの多角経営の一環でしょうか。
ここから中央本線、「中津川」までは列車数があるのですがその先は特急を除いて数えるほどの本数になり、その「中津川」に向かう快速には座席指定券¥310が必要なのです。
中央本線といっても一部に単線区間や無人駅もあります。
「中津川」から先は2両連結ワンマンカーです。
暑い中15時30分、昔の宿場町「木曽福島」に到着いたしました。

■  2003/8/13 (水)   山行きの顛末 3

宿場町「木曽福島」
木曽福島JR駅正面 昔から銘木「木曽ヒノキ」の集積として、交通の要所として4大関所があったところです。
中仙道、木曾11宿のひとつで旅籠町として面影を今に残しております。
また歌にもうたわれている御嶽山(おんたけさん)への出発基地にもなっているようです。

この付近には民宿も多く、リゾート別荘タウンが周辺に数多く開発されておりました。

バスで山麓の「大原」まで行き、バス停からいよいよ登山口に向かいます。
ひろーい敷地にモダンな別荘、4WDやBMWのスポーツカーが横付けされたところ、
優雅な景色を見ながらこちらは焼けたアスファルトを黙々と緑の木々を眺めながら進んでいきます。
木曽福島JR駅正面 行きや帰りの長いながい舗装道路の歩きは意外とつらいものがあります。

1730木曾福島Aコース登山口に休まずに登山道に入りました。
ほぼ一定の勾配で枯葉がしき詰まった道です。一時間ほど歩いて休憩としました。

夏の低山、いろんな虫が顔の周りにまとわりついてきます。
手と首筋には虫除けスプレーをしておきました。
帽子をあみだにずらして行動食と水の補給をし、地図を広げて確認。
それに集中しておりました。
何かに「おでこの上あたり」を刺されてようで、払いのけてその場は痛くも痒くもありませんでした。
まだ日があるので先に進みます。

Bコースへの分岐で3合目の標識を過ぎ勾配もきつくなってきました。
今宵の寝床を意識して進みます。
1930道脇で体を横たえそうな場所を見つけてマットを敷き、フライシートで夜露と風をしのぎます。
汗をかいた下着を替えて眠る体制に、眠る振りをする見たいなものですが休息が大切です。
木の葉越しにジャンボジェットの軌跡と三日月が見えます。
少しおでこがこわばった感じで触ると汗のようにぬれてくるのです。
白いタオルでぬぐうとレモン色の体液がベットリついているので、
何かにやられたことがわかりました。
こんな色の体液を見るのは初めてです。
痛くも痒くもないのですが、おでこの上で鏡もなく見ることができません。
ティッシュで押さえ、濡れタオルをおでこにおいて休みました。
山の中、夜が更けると急速に気温が下がってまいります。

  2003/8/14 (木)   山行きの顛末 4

睡眠、
世の中にはいとも簡単に眠りにつける人も居りますが、私は眠りに入り込むのが苦手です。

寝床が変わるとなおさらです。
麦草岳東面の絶壁と花畑 ぐっすり寝入りこまなくても横になって体力を回復しておけば、明日の活動はこなせると体験的に知っているので、眠れないことを過剰に意識せず、あせる気持ちを起こさないことが大切です。

0330起床、0400ヘッドランプをつけて出発
ヘッドランプでは視野が狭いが、九十九折れの道を確認しながら登っていく。
0730 地図では99年消失となっていた7合目避難小屋に到着。
トイレを別棟にした赤い屋根のプレハブ小屋が建って居りました。
お天気は快晴です。強い日差しが照りつけており首筋がぴりぴりいたします。
しばらく進み北東の方角に雲に浮かぶ八ヶ岳の山並みがくっきりと、
南東に木曽駒ヶ岳の頭が見えてきました。
登るにつけ木立の様子も変わってきました。
虫も多いのですが、高山植物を目にすることができます。
尾根への急傾斜地はお花畑でもあるのです。
ロープウェーで登ってきたのでは、このめぐりあいはないのです。
花の名前はまだつぼみだと思います。ウスユキソウ?
花の名前は紫でリンドウ系?下につぼみ状。
花の名前はご存知、スタイルがいいクルマユリ
花の名前は花火がぱっと開いたような白い可憐な花です。
花の名前はイワオドリギリ、めしべおしべが大放出
花の名前は根っ子に猛毒、高貴な紫色のトリカブト
花の名前は少し大柄ではっきりした黄色い花です、キク科でよく見るのですが名前は?
花の名前は黄色い花? モンシロチョウがお食事中
花の名前はコイワカガミ、薄いピンクがいいです。
花の名前は名前は? 群生しておりました。
花の名前はタカネスミレ
花の名前はチングルマ、なでしこのように姿を変えてゆきます。
花の名前はウサギキク(キンクルマ)
花の名前はイワギキョウ、グラスにしてワインを
花の名前はシナノキンバイ。有名です。
本来この時間に山頂に居れば最高の見晴らしを楽しめたのですが、致し方ないところです。
真夏の日差しに照り付けられながら、つらいゴロタ石の急傾斜を登っていきます。

途中、雪渓が残りその融水をポンプアップし山小屋の飲料水に利用されているところで一本(10分)休憩を入れ通過。
疲労困憊の体を雄大な景色を眺めつつ腰を下ろし、渇いた喉にただの水を通す、
これが日常巷では絶対に味わえない致福のときなんです。

コップいっぱいの水が体の隅々まで行き渡り、「生きる力」がわいてきます。

快晴の山頂を楽しんだ3組の下山者と行き違う。
ここまでくると、何処を眺めても緑と岩、空が綾なす「絵」になるところばかりです。
それを楽しみながら時間をかけて進みます。

9合目玉ノ窪小屋 尾根筋に出ると「玉の窪小屋」に到着。

木曾駒ヶ岳と木曾前岳との峠のところです。
風雪の通り道、屋根の高さまで周囲をギッシリと玉石で囲われております。

ガスが猛烈に下から攻めあがってきております。
「山の写真は撮れるところで撮っておく」が鉄則です。

時々刻々変わってゆきます。
木曽駒周辺の稜線をキャッチしておく。
大きな岩のオブジェをご神体にしたところを通り過ぎ最後の急傾斜を上り詰めて木曽駒ヶ岳山頂に到達いたしました。1130
大勢の人たちが順次入れ替わって山頂付近で休憩中です。
あいにくガスが上がって展望は利きませんが腰を下ろして一休み。
額の汗をぬぐい、ティッシュをあてがうとまだ黄色い体液が3箇所から出ているようでおでこの辺りはきんきんです。

■  2003/8/15 (金)   山行きの顛末 5

9合目から木曽駒ヶ岳を見る。巨大な花崗岩のモニュメント 山頂には駒ヶ岳神社が祭られており石の祠と札所がありました。

ほとんどがグループ、家族でお見えのようでおしゃべりでにぎやかです。
残念ながら見通しはききません。ゆっくりしてから中岳を通過し
1330今宵の宿、宝剣山荘に到着です。

この付近には宝剣山荘を含めて7軒の山小屋があります。
ロープウェーで大盛況です。

この先は3時間半ほど先の檜尾避難小屋か
尚その先4時間の、明日の宿泊予定の木曾殿山荘になります。
もうそこまでいく馬力は残っておりませんでした。
そして中央アルプスでは稜線でのキャンプは禁止されております。

また稜線では登山道を外れないようにあちこちとロープが張られております。
これは危険防止のところもありますが、
それよりも高山植物の生態系を守るためなのです。
登山道を定めてできうる限り土壌の荒廃を防ぎ、
お花畑には立ち入らないように規制する努力をされております。

中岳を下り今宵の宿宝剣山荘と宝剣岳 植物を摘んだり持ち帰えったりせず、撮るのは写真だけ、
足跡だけ残してゴミは残さずといわれておりましたが、それも少し変わってきております。
ゴミはもちろん、足跡も残さないようにということです。

写真撮影ではいいアングル、光の調和を求めて撮影者はできるだけ良く動いて
ポイントを探せという鉄則があるのですが、
山で写真を撮るのも登山道をはずさずに撮影することが求められております。

ついでに、山旅ではどうしても便通を整えておくことも大切なのです。

便秘をするとスタミナも軽快さがなくなります。
また下痢をすると力が出ませんし場所をわきまえずに催してきます。
これも困るのです。
山では「きじうち」といって昔は出し放題ということでしたが、
大勢が山に登る今ではモラルが必要です。

大も小も小屋のトイレで済ましておくことが原則で利用料金は一回200円が相場です。
なおかつお尻をぬぐった「紙」は別に用意された容器に必ず入れることが鉄則です。
糞尿だけは分解できても「紙」は下界で焼却が必要です。

宝剣岳の西の守りの仁王さん お水の方も足を運んで水場で汲むのはOKですが、
小屋では下界のペットボトルの水を500ccで500円です。
夏場では一日2.5〜3Lは見ておきたいものです。キャンプ行きでは5Lは必要です。

ここは部屋に仕切られており、わが部屋は6畳弱に単独山行き中年男性(上は73歳)
5名の部屋割りとなりました。
寝具はせんべい布団ではなくふんわりとしたいいものでした。

私を除いて東京のかたがたでした。
今朝「特急あずさ」でというかた、新宿から伊那駒ヶ根へ直行バス、皆さんロープウェーをご利用でした。

東京の人は話がでかい、景気のいい話が出ておりました。
軽井沢の別荘がどうのこうの、キャンピングカーを買い込んで北海道の百名山を一ヶ月かけて回った。
スイスアルペンやニュージーランド、中国の山をガイドをつけて登った話。
何処まで信用してよいのやら、旅の恥は掻き捨てで言ッたもの勝ちなのか、
私はぬれタオルを顔面に当ててもっぱら聞き役で小さくなっておりました。

額の腫れはとうとう瞼を襲ってきました。

小屋の中は暖房されており狭い部屋に詰め込まれて羽毛布団をかぶると汗ばむくらいでした。

  2003/8/16 (土)   山行きの顛末 6

山の朝は早いのです。

部屋の皆様は、4時過ぎにみんな出て行かれました。
私は0500の日の出を写真に収めて0530の朝食をすまし、0600に出発いたしました。

見るからに鋭く点を突く宝剣岳、北アルプスの槍の穂先より頂点は狭いのです。
リックを担いで登る分危険と背中合わせです。
頂点を通過してからのほうが3点保持で進むところが続きます。

左下にロープウェーの発着駅が見えます。
ホテルが併設されておりもっと大きないかつい建物を想像していましたが
朝日に照らされ、オレンジを基調にした瀟洒な建物でした。
稜線漫歩を楽しみながら先行者を追い越したり、また追い越されたり。

虫さされの腫れが最大です、右まぶたがふさがり目お開けておくのがこんなに力が要って大変なこと思い知りました。

伊那前岳の方から覗く日の出伊那前岳の方から覗く日の出。気持ちが洗われます。
木曽駒ヶ岳、中岳穏やかな頂の木曽駒ヶ岳、中岳、宿泊した宝剣山荘を後にします。
発着駅とホテル千畳敷ロープウェーの発着駅と「ホテル千畳敷」、千畳敷カールはお花畑
南方向 檜尾岳、空木岳、南駒ヶ岳宝剣岳頂でこれから行く南方向 檜尾岳、空木岳、南駒ヶ岳を見通します。
虫刺されご注意皆さんも虫刺されご注意ください。2回目3回目になると余計にひどくなるそうです。ショック死になることも。おでこ、まぶた、ほほまではれ上がり情けない姿です。
石楠花の白い花這い松に混じって石楠花の白い花が咲いております。 かよわくて、すぐしぼんでしまいます。
木曽殿山荘雨上がりの木曽殿山荘。宿泊客の7割は女性です。
北アルプス、南アルプスに比べ中央アルプスは3000mを越える山はありません。
縦走距離も短めです。
そんなことで私は少し甘く見ておりました。
ところがどうして稜線上、花崗岩塊の岩場の危険箇所が次々とあり気が抜けないのです。
梯子、鎖も設置されておりますが、基本は足の踏ん張りをしっかりと確実に進めることが大切です。
腕の力でグイットというのは華やかですが、ザックや岩で体が振られて不安定になりやすいのです。

0800にはガスが上がって雲の中、展望は今ひとつです。
下の方から雷さんも聞こえてきます。今日最後の頂、 東川岳からの急傾斜を降りている途中で顔をたたくような雨に遭遇、木曾殿山荘に1400到着。

ここの奥さん、てきぱきと濡れたリックや雨具の置き場をやさしく指示、ほっとしたところで温かいお茶をとうもろこしのお茶請けとともに用意してくださり、おいしく2杯3杯といただく、心のこもった接客態度に頭が下がりました。
朝飯抜きで宿泊とお弁当をお願いして、倉本道の水場へ水汲みに行く。

途中でまたまた大雨に出会い早々の態で戻ってくる。
いつもなら水場で時間をかけて体を拭いて少しでも小奇麗にを心がけるのですが、土砂降りではどうにも店を広げることができませんでした。

ここのプレハブ小屋は1Fが食堂と調理場、事務局で2階は1フロアーで団欒兼用の寝室です。
食事を済ませて山荘主が席決めです。宿泊客が多く(グループ含めて120名)ひとつの布団で二人の割り振りとなります。
私の左がわ30歳代の女性で挨拶を交わしておく。

消灯まで雑談が続きます。
相変わらず東京弁で景気のよい話が飛び交っております。
反対側では関西弁のおばちゃんグループが遅くまで大笑いをしながら話が尽きないようです。
お弁当をもらって8時消灯。

少し肩の位置をずらして眠る振りで時間をやり過ごす。
混んだ山小屋ではひとつの布団で3人、どのようにするかといえば足と頭を順次交互に詰め込むのです。
寝返りを打ったら戻る場所がないというくらいことがありました。
南アルプスの北岳山荘ではもっと詰め込まれて、たたみ一枚に4人それに比べればましですよとよくたとえられます。

0330起床予定で明日ははや立ちを考えております。

■ 2003/8/17 (日)   山行きの顛末 7

0300 目を覚まし、時計で確認、床の中で頭の整理をいたします。

0330まだ真っ暗ですがあちこちで4,5人が起き出したようです。
私も寝ている人に懐中電灯を照らしてはいけないし、頭をふんずけては大変です。
這うようにして、出て行く人のランプの明かりを頼りに1Fへ行く。
気をつけないといけません雨具や靴を間違わないように再確認します。
以前山小屋で新調した登山靴を履いて行かれてしまい、泣きを見たことがあるのです。

トイレと身支度をし0400に空木岳(うつぎだけ)を目指して小屋を出ました。
すごい風と霧で見通しが利きません。
ヘッドランプをつけ、標識で方向を見定め、岩石の急傾斜の登山道をペンキの赤丸を目印に上ってゆきます。

途中一人に追い越されましたがあわてずマイペースで這うようにして登っていきます。
1時間近くたち周りが明るくなって風も収まってきました。

赤椰岳、南駒ヶ岳
日の出ま近、これから行く南の方角、を望む
東川岳が朝日に輝き
北の方向、振り返ると昨日通った東川岳が朝日に輝きそこを真綿のようなガスが覆っております。
東川岳が朝日に輝き
北方向、通過してきた山々です。宝剣岳がひときわ目立ちます。

頂上近くで日の出を見ることになります。

0510 空木岳頂上です。下は雲海ですが尾根筋は望むことができました。
東側直下の「駒峰ヒュッテ」で人影が見えます。

今回の山行きの最大目標であった空木岳頂上での展望を満喫することができました。
たどってきた尾根、これから進む稜線を目でたどりました。
大好きな南アルプスの稜線も逆光の中、何とか目で追うことができました。
わが心の山、富士山は確認できませんでした。

南アルプス稜線の影絵
東の方向、雲海のかなたに南アルプスの稜線が
赤椰岳、南駒ヶ岳
南の方向、赤椰岳、南駒ヶ岳、越百山が重なっております。
空木岳山頂標識が朝日に輝く
空木岳山頂標識

一息入れてお弁当を食べているうちに、もくもくとガスが上がってくるのがわかります。
登山者が2,3人と上がってこられます。

大抵の人はここより東へ池山尾根を下り伊那駒ヶ根へ帰っていかれます。
私は赤椰岳、南駒ヶ岳、仙崖嶺、越百山と南へ進みます。

赤椰岳、南駒ヶ岳
赤椰岳、南駒ヶ岳が雲に隠れる最後の写真
南駒ヶ岳標識
南駒ヶ岳、山頂標識。ガスは次々と切れ目なく流れてきます。
摺鉢窪
摺鉢窪(すりばちくぼ)小屋付近は「花の楽園」
黄色と白の取り合わせ
色々なのが咲き乱れておりました。

赤椰岳(あかなぎだけ)を過ぎ摺鉢窪(すりばちくぼ)というとろ、少し下に摺鉢窪避難小屋もあります。
小さなカール状になっており一面のお花畑です。
ちょっと脇にそれるので訪れる人も少なくいいところです。
機会があれば避難小屋を利用し一日楽園で過ごしたいものです。

南駒ヶ岳の雄大な、大きく翼を広げた鷲のような姿を写真に残してかったのですが、
ガスが覆ってだめでした。

仙崖嶺、岩塊の絶壁に囲まれた難所です。
ガスの中、巨岩、奇岩を縫うように歩いていると迷路のようでそれでいて一歩踏み外すと底知れぬ深い谷へまっしぐら、
緊張をとぎらせずに進みました。

なだらかな稜線は最後の登りです、
名前がしゃれておりますねコスモ(越百)山に1130に到着です。 40分ほどガスの途切れるのを待ちましたが諦めてこれより木曾側へ下山です。

荒れた登山道を下り1240越百小屋、主人が表に出て「泊らんのか」という顔をしていました。
越百小屋とご主人
ここまでくる登山者は少なく、小さな越百小屋とご主人
予定ではここで泊ることにしていたのですが、早く通過することができたので
「須原まで下ります」
「木曾殿は何人ぐらい泊ッとた?」
「120人ほど」「ふううん」
後ろ髪を惹かれるようですが下山道を進みます。

この登山道は少し荒れたままといった感じ、50分に1本休憩をいれひたすら下ります。
それをしておかないと少し指先が靴摺れ気味、
調子に乗って捻挫や転倒をしては取り返しがつきません。

途中水場で一息入れている最中に土砂降りの雨となりました。
登山道はもう小川です。
足をとられないようにペースダウンで進みました。

  2003/8/18 (月)   山行きの顛末 8

「夏の雷、馬鹿雨三日」

こんなことわざがあるそうです。
雷が鳴り出したら、三日間は午後から雨と雷が続くということです。
昨日も土砂降りで小屋に入ってから猛烈な雷音が聞こえておりました。
稜線歩きで雷雲は危険そのものです。
ラジオを聴いているとガガーガーと雑音が入りだすと危険信号です。
下界ではドーンガラガラと響く雷音ですが、稜線付近では「ドギャ」で残響音がありません。
岩陰に伏せるしかないのです。

今は木立中の登山道、雷もあちこちで聞こえますが足元に集中して下山してゆきます。
降りているということはそれだけ登っていた計算です。
登ったことが信じられないくらいに下りがあるのです。
雨具をつけていても汗としみこんだ雨でグシャグシャです。

1600林道(電源開発)登山口に到着。
脇の広場に「コスモ」と大きく書いたシートの包まれた
立派で大きなアメ車4WDエステートワゴン車が止められ、
シートは風で飛ばされないように重石で守られておりました。
越百小屋のご主人のものでしょう、小柄なご主人なかなかの道楽ですね。
一般車はここまで入ってはこられません。

一本とって少し下り勾配になった砂礫の道を進みます。
「JR須原駅」までほぼ16kmほどあるようです。

雨は小降りになってまだふりつづいております。
200mごとにダムへの距離を示すポールがたっているのが励みになります。
途中車止めのゲートがあり、百台規模の駐車場が2面ありました。
2台の車が止まっておりました。
駐車場のあることは地図にも表示されて居ったのでわかっておりました。

実は助べえ根性で、ひょっとして今から帰る車の持ち主がいてJR駅まで荷台の隅にでも乗せてもらえるという、偶然性を期待しておりましたが、そんな甘いことはありません。

途中から砂利がアスファルト道になりました。

1700 伊奈川ダム。流木やごみを取り除くのでしょうね、
ダムの上にロープウェーのようなクレーンが設けられております。

山に囲まれたダム。ここから山の地中をパイプラインがあちこち貫通し水力発電用の水を送っているのです。
この流域に揚水発電所もあります。
余った電気を使ってダムの水を上部の貯水池(ダム)へ溜め込んでおき、
そして電気需要のピーク時にその水で発電をしカバーをするのです。
電気は貯蓄ができない分、上部のダムに水を溜め込んで補うのですね。
こんなことがダムの看板にわかりやすく絵入りで書いてあったのです。

ここで駅までの1/4通過です。少しの下り勾配が何とか足を進めてくれております。
九十九折れの道を過ぎて人家が見えてきました。
国道へと駅方向を示す立派な標識を見て進みます。

1900すっかり暗くなってきました。道沿いにバス停小屋がありました。
もう今宵の宿に決定です。
あまり使われていないようでベンチは砂埃が被さっており、横になるには短いようです。
マットを敷いてリックのほうに足を乗せて長さを確保、
いびつな格好でも疲れた体に贅沢はいえません。車が時たま猛スピードで通り過ぎるだけ、
真っ暗でまったく人は通りません。虫、蚊もやってこず眠ることができました。

■  2003/8/19 (火)   山行きの顛末 9

0330 冷え込んで目が覚めました。
身支度を整えヘッドランプをつけて歩行開始です。

JR須原駅舎 曇っているのか星明りもなく、真っ暗な道をことこと歩きます。
一時間足らずで、まとまった家並みと鉄路が見えてきました。

0430 「JR須原」駅舎に到着、早速手洗いを利用して洗面、髭剃り、体を拭います。
瞬く間に1時間は経過しました。
付近を散策していると、
突然スピーカからチャイムが聞こえて本日の歴史メモと町の連絡事項が放送されました。

駅前広場に戻ると小学校の子供たちが集まり朝のラジオ体操が始まります。
この子達は体操の後、手分けをし駅舎の清掃をしておりました。
町にもあるでしょうが、社会奉仕。いいものを見た気がいたしました。

これより、まっすぐ大阪に帰らず青春18切符で東京のメール友達に逢う予定です。
(初めてのオフ会です。)

0625 松本行きの一番列車がやってきました。塩尻まで乗車します。
越百小屋に前夜泊まっておれば、1501の松本行きの予定でした。かなり余裕を持っての出発です。
塩尻で甲府行きへ、時間帯が通勤列車となり混んでおります。

駅構内で温泉があるらしい「上諏訪」で下車。
有ったのは有ったのですが、0900から足湯のみで無料となっておりました。

まだ少し時間があるので信州そば食べていると、73歳で蓼科山に登ってきたというご婦人が声をかけてきました。
JR上諏訪駅構内の足湯温泉 家で定年後ぼやいているご主人がいやになり時々ひとりで山に出るそうです。
自分で何もできないくせに私がしたことにはいちいち文句を言う。
お金を握っているので放り出すわけにもいかず、それなりに絵を描いているとのこと。
話しやすいのか、「私、若く見えるでしょう」等とあけすけと話されます。
ある意味、他人ごとでないような気もいたします。
0914の特急あずさで帰っていかれました。

私はのんびりと靴ずれした足を足湯につかりました。

メル友とお逢いするのは明日です。
ゆっくり風呂かシャワーのできるホテルを予約しておこうと公衆電話から、調べてあったホテルへ電話をしました。
ところが、八王子、三鷹、荻窪、各2箇所ビジネスホテルに朝の10時前に「シングルで男一人」をお願いすると、口合わせをしたように、あいにく予約でいっぱいです。
と、信じられないことですが全て断られてしまいました。
この間のやり取りで2枚のテレホンカードは終了です。
諦めて、男一人何とでもという気で次の各停に乗りました。

甲府で中継、八王子行きに、高尾山は有名です。
高尾で降りることにしました。

駅周辺はマンションが立ち並び、暑いのに目的もなく周辺を散策。
健康ランドの無料送迎バスの看板が目に入り、5人ほど待っておられます。
おぉこれは願ったりかなったり、程よくマイクロバスがやってきて乗り込みました。

『フロッピー』というところです。1515
これこそじっくり時間をかけて入浴を楽しみました。

日がまだ高いうちに露天風呂に入るのは趣があります。
時間をたっぷり味わっているという感触、空を見て幸せ感が満ちてきます。
一度試してください。

ジャグジー浴槽で強烈なジェット水流を足の裏に当てると、こそばい事この上なく思わず笑ってしまうのです。
他人さんはけったいなやつたなぁと思ったことでしょうね
次の浴槽へ行こうと歩き出すと、長い歩行で足の裏の指紋が磨り減っているのでしょう。
バランスを崩して転倒、手摺があったので、それに掴まりでんぐり返しは何とか持ちこたえました。
駅前で2輪車の駐車違反摘発風景 ほかの人は何事もなく歩いているのに、私には石の床がものすごく滑りやすいのです。
こんな経験は初めてです。
しっかり山の垢を落とさせていただき、リクライニングソファーで一眠り。

ころあいになったので食事を済ませてレストルームへ。
個別にテレビを楽しみながら、180度リクライニングができるソファーでぐっすり朝まで休みました。
朝風呂を楽しみ身支度をし送迎バスで駅へ、

始発駅で座ることができました。途中これ以上は入れませんというところまでラッシュになりましたが三鷹を過ぎて少し和らいだ感じです。
待合の駅で下車。
電話で連絡、時間までコーヒーショップで朝食をし周辺を散策。

放置自転車の撤去は見たことありますが、
2輪車、バイク、スクーターの駐車違反の摘発、強制収容の現場を始めて目にすることができました。
これにはびっくりいたしました。

  2003/8/20 (水)   山行きの顛末 10

皇居外苑 メル友と駅前で落ち合い、
ご挨拶、お互い初めて逢っているのですが、ホームページ、メールで近況を伝え合っているので、まったく違和感なく旧来の友人です。

駅ビル5Fのカフェテラス風のお店でパソコン談義を交わし、イタリアン料理をご馳走になりました。

直径40cmはある特性のピザと、たこ焼き鉄板状の窪みにエスカルゴが入り、
たっぷりのオリーブ油と香辛料で味付けされた、
熱々のお料理を生まれて初めていただきました。
風味良くおいしいのにびっくりいたしました。
残ったオリーブ油はパンにつけて食べたのですが、
さっぱりと油濃くなく生ビールとコンビでパクパクと食べてしまいました。

イタリヤ料理はお好み焼きの変わったもの、うどんかきしめんにミートソースをぶっ掛けた程度と思っておりましたが大きな誤りでした。
イタリアの人たちが食事に2,3時間かけてものすごい量を食べる話を聞いたことがありますが、それも納得いたしました。

この後、私の希望で皇居の散策に付き合っていただきました。
日比谷通りに面した皇居外苑、手入れが行き届いた松の枝ぶりに惚れぼれしながら
坂下門、2重橋へ。
皇居二重橋で記念撮影、顔面の腫れはほぼ収まっております。 ザックを担いでおのぼりさん丸出しで記念撮影。

桜田門、国会議事堂、三宅坂、雅子さんが外出する半蔵門、
桜の名所の千鳥ヶ淵、国立劇場、武道館のある北の丸公園、
平川門、皇居東御苑は月、金曜日はお休みで入園できませんでした。

毎日新聞社、竹橋、くるっと回って大手門。
『門』の名前は聞いたことがあるのですが、
一周まわったことで位置関係がよくわかりました。
東京駅へ戻り、また元気であう事を誓って『友』と別れました。

私は夜行列車の快速「長柄」座席指定で名古屋まで行き、
朝から紀勢本線で昔、魚釣りで度々訪れた三木里、
新宮、勝浦、太地、串本、周参見、御坊を周る予定を組んでおりました。

皇居外苑からライトアップした東京タワー。 ジョギングする人も大勢おられます。 ところが、駅員さんに発車ホームを尋ねるといとも簡単に
「夜行列車は特急も含めてながらも台風で運休です。」


「エッ?」
予定は吹っ飛んでいきました。

世の中何が起こるかもしれません。

明日のこともわかりませんので、できるだけ大阪へ進めるところまで乗り継いでおこうと
三島行きに乗車、

三島のコンコースで朝一番電車を待ち、
静岡、浜松で乗り継ぎ、
名古屋と米原間は大雨で路盤警戒のため時速20kmくらいの
超低速、遅れながら午後2時過ぎ、無事に我が家に帰宅いたしました。

■  2003/8/21 (木)   山行きの顛末 11

つたない私の「山行きの顛末」ごらんいただきありがとうございます。
体重 出発前64kg 昨日夕食後62.7kg

若い元気な方は、夏の山になんでストック(杖)がいるのか?、
邪魔になるのではとお考えの人もいるのではないでしょうか。
事実、邪魔になることもあります。

山を歩く、
脚だけが主役と考えがちですが、体のバランスを保つ腹筋、背筋も大切で、
万一崩れた体勢、姿勢を正すのは瞬間的に大きな力が必要で疲れ、体に負担になるのです。
特に重いザックを背負っているときには足元のちょっとした起伏でバランスを崩しやすく、
重量以上に体力は消耗するので、安定姿勢を保って歩くことが効率と安全な歩きになるのです。
段差の大きい上り下りのときに屈んで手をつくことより、
ストックでカバーすることで負担は抜群に楽なんです。
下りの時には膝への負担もやわらげてくれるので自分にあった長さのストックは手放せないのです。
私はカメラに使う一脚をストック代わりに使っております。


旅はいいものですね。
○○に行く目的も大切ですが、枠を離れて何かを掴み取ろう、
感じようと心の目を開いていると、非日常的なことが次々と体験でき
大変刺激になります。

自分の町から一時間も電車に乗れば、
もう乗ってこられる人々の言葉のアクセントが変わってきます。
空気の匂い、雰囲気も違ってくるような気がいたします。

旅行会社のツアーはあなた任せでお手軽、気楽に参加できますが、
朝の3時からノソノソ動き出すこともないでしょう。
今晩「泊まるところがない。」そんなことはないでしょう。
ツアー以外の人とふれあうことも少ないでしょう。

それに比べて、気ままな一人旅、飛び出してみれば意外と世の中、
新しい体験、ふれあいが一杯あります。

もちろん思いっきりは必要、無茶をしないですべて自己責任になります。

今回、台風襲来で後半の予定が没になったことで、
また行きたい、もっと行きたい気持ちを残してくれております。

少し体力と気力、知力がいりますが、『青春18切符』を利用し、
またルンルンと、未知の国へ足を伸ばしたいと考えております。

  2003/8/22 (金)   爆発騒ぎ

世の中は止まっていませんね。

日本は長雨、冷夏といわれ、商社は米の不作を見込んで買い急ぎ、
米の価格は上昇気味です。

一方、ヨーロッパは猛暑でお年寄りなどの死人が増えている。
新聞には爆発、爆発のニュースが絶えません。

イラクのバクダッドでは国連事務所へミキサー車に積んだ爆弾テロで百数十人が死傷、
イスラエルのエルサレムでも自爆テロがバスを襲い、ここでも百人規模の死傷者。
世界は平和を願い、それをお手伝いする人々。
思うほうにはなかなか進まないようです。

爆弾テロは、その願いを裏切って破壊殺戮が世界を制するとでも考えているのでしょうか。

イラクにしろ、イスラエルにしろ、やっと流れが見えかけて、ひとつずつ秩序を積み上げていく作業に入ったばかり。
そのことを受け入れられない人たちがいることは予想できますが、
その主張と解決に「破壊」「爆破」だけが唯一、
最善の手段と考えているとすれば、悲しいことです。
普通のまともな人たちが、巻き添えをくらい、
何のいわれもなく被害に合い死傷することは取り返しがつかないことを知るべきです。
そのことで平和への道筋が遠のいていくことになるのです。
あっけなく人の命が奪われ、傷つけられる巻き添えはたまったものではありません。
カンパはできませんが、私でも何とかテロをなくするお手伝いができないかと考えてしまいます。

日本でも北九州で手榴弾を深夜レストランに投げ込む手荒い抗争がありました。
居合わせた人は災難では済まされません。憤りを感じます。

三重県の多度町のゴミ発電設備でチップ貯蔵槽が火災の検証中に大爆発、
消防士二人が亡くなりました。

増え続けるゴミの処理を発電に使って一挙両得のはずだったのです。
巨額な税金をかけてゴミ処理プラントを建設したのですが、
未知の問題が発生し予期せぬ事態になってしまいました。

ゴミの中にいろいろなものが混ざっております。

雑多なゴミが粉砕混合され、
ペレット状で貯蔵をするだけで発酵などの化学反応が起こり熱と爆発性のガスが発生し、
またそれを防ぐため水をかけると新たな化学反応が起こり爆発した可能性もあるのです。

温度を下げ、火災をおさえる目的で水を注入したことが爆発を誘発。
化学的には有りうることです。
検証指揮官には、こころ配りが足りなかったように思います。

おそらくプラント建設技術者は、予備実験、試作段階でゴミペレットが組み合わせの条件では爆発現象がありうることはつかんでいたと思います。
そこで事故が防げなかったことは、残念なことです。

プラント会社では、そのような内部告発はなかったのでしょうか?。
発電設備を運用している多度町の局員さんも管理監視の中で、防げなかったのか?
皆さん、大きな流れの中で「安全への真剣さ」がたりなかったような気がいたします。

今回の事故を教訓に将来のため、犠牲者を無駄にしないためにも、
ゴミ焼却発電プランを練り直して成功させてほしいと思います。

■  2003/8/23 (土)   爆発騒ぎ 2

多度町のゴミ焼却施設、爆発から二日たってまた燃え出しており、
テレビで破裂した貯蔵タンクの中が炉のように真っ赤に燃えたぎっておりました。

倒壊の危険があるので、水をかけずに自然鎮火を待つようです。

最近は業務の効率化が優先し、作業を分業化し、なおかつ細切れで下請けへ委託することが日常的に行われているのです。

順調にことが運び、問題がなければ優れた改革となるのですが、
そうとばかりに進まない、進めると小さなトラブルを見落とし、
気づいても私には関係がない、わからないと無視して、
重大なトラブルを起こしてしまいます。

今回のプラント運用の名目上の責任者は町長、局長といるでしょうが、
一貫したプラント運用の管理は発電関係の下請け(富士電機)にまかせっきり、
貯蔵タンクの温度上昇に水をかけるだけで
対処方法を消防や専門家に相談をしていない、非常事態にいたるまで何とかなるだろう、
前にも水をかけてやりすごせた、
そんなことで漫然と見過ごしてしまったように思います。

22日になって遅ればせながら、三重県は消防庁へ消火の手助けを頼みました。

大きなトラブルには意外とその前触れがあるのです。

小さなミスはどなたも経験があると思います。
そこで気づいて勇気を持って修正することが大切で、少しの後戻りを拒否し、
放置すれば、小さなミスも二つ三つと重なるともう取り返しがつきません。

少しの後戻り、小さな挫折、人間生きておれば必ず経験することです。
つらいけれども、次のステップには必ずそれがつっかい棒になりすこしずつ大きくなっていくような気がいたします。

ところでただ今、火星が6万年ぶりの大接近
昨夜11時過ぎに道路へ出て、南南東の方角を見上げるとクッキリとオレンジ色でひときわ明るい星、火星を見ることができました。
双眼鏡を固定して見直しますと三日月状でクレーターは見えませんが、
大阪の街灯も多くて、湿った空でもロマンを感じさせてくれました。
8月27日が最接近、是非この機会にのぞいておいてください。

  2003/8/24 (日)   JRバス運転手が飲酒

JRバスの運転手が東名高速道路で業務中に飲酒運転で逮捕されております。

発車停留所へ回送中に水割りを飲み、
ご丁寧にも手持ちのカバンのなかに焼酎入りペットボトルを持っておりお茶などで割り運転中も飲んでいたようです。

この運転手、今回が始めての飲酒ではないでしょうね。
何の躊躇も無く一杯が二杯三杯と常習化しいるのです。
大事故の起こる前に摘発されたことは、本人にとってもよかったのではないでしょうか。

私のように定職が無いものから見れば、
JR高速バス運転手さんの仕事はうらやましい安定した職場であり、
その仕事をしっかりこなすことで、安定収入、家庭円満、
幸せな生活すべての基盤でおろそかにすることは考えられません。

職業で運転手をされている方は大勢居られます。
プロの運転手さんも小さなミスをすることは有るでしょう。
それにしても、高速道路などの大事故に営業トラックが
「居眠り追突」
の多いことにはうんざりいたします。

営業トラックにはもちろんプロの運転手が運転しているのです。

居眠りといっても運転している人はご経験があると思うのですが、
車の中でぐーぐーと鼾をかいて眠るわけではないのです。
ふーっと3秒から10秒、ものすごくいい気持ちになって記憶が抜けるのです。
こうなればあせらずに停車して休憩を取ることです。

事故になってからでは取り返しがつきません。
運転室は孤独であり、自己管理は自分で行わないといけません。
勤務にあわせた体調管理が大切で、不規則な生活をして仕事ををなめてはいけません。
プロの誇りとプライドはしっかりした自己管理から生まれてくるのです。

物流の大半が自動車に移った今、プロの運転手さんに頼るしかないのです。
運転手さんよろしくお願いします。

■  2003/8/25 (月)   パソコンの利用 1

パソコンを分身のように、使っている私にとっては
『パソコンを活用すること』は大変に興味のある事柄です。

パソコン環境がどんどん低価格化し進歩する中で、気に入らないことがあります。

その1

偽造印鑑に使うことです。
盗んだ通帳などに押している印影をパソコンに取り込み画像を修正し、
彫刻マシン(3万から10万)で新たに印鑑を作り、預金を引き出し、
まんまとお金を手に入れる輩(やから)がいるのです。

他人の通帳で、通帳そのものに印鑑を押していなくても、古い抹消した通帳を一緒に保管してあると同じ結果となります。
用心深い人は印鑑と通帳を別に保管しているから、、、と安心しており、
通帳盗難に気がついて銀行へ届けを出して調べると、残金がゼロ。

「なんでやねん」。

このことで銀行とトラブルになっているケースが増えております。
引き出し伝表の記入に届出と一部違う住所で引き出されていたりすることもあります。
銀行の言い分もよくわかります。

あまりにも煩雑な本人の確認手順になると、
本人が引き出しに来ているのに「何で俺の金を出してくれないのか」
これまたトラブルの元ともなります。

そんな意味から預金の引き出しの本人確認として
「印鑑と通帳」の方法はもう時代遅れということです。
暗証番号、もしくは銀行より秘密の暗号を付加するなりして『預けた本人が泣きを見ない』方法を確立するべきです。

「大銀行のやり方が正しい、盗難にあった人が損しなさい。」

従来の確認方法だけで、銀行が十分な確認作業をいたしました。
では道理に外れていると思います。

時代の進化とともに早急に変えていくべきです。

超低金利の時代、微々たる利息です、金利を当てにして預けているわけでは有りません。
現金をわが家において置けば盗難にあうかもしれないから預金しているのであって、
それがいとも簡単に他人に引き出されたのでは、たまったものではありません。

あすは、わが身かもしれません。
多額なお金を銀行に預けている人は、残高確認を時折しておくことも大切です。

  2003/8/26 (火)   パソコンの利用 2

その2

パソコン環境はどんどん低価格化し進歩。

プリンターとスキャナーも驚くほど緻密で優秀なものが低価格で発売されております。
3年ほど前に買った35ミリフイルムスキャナーが2400dpiで約10万ほどいたしました。

それが普通のスキャナーで3200dpi。
35ミリフイルム連続24コマスキャンし、プロが使う4*5ブローニーフイルムまでOKというものが5万ほどで手に入るのです。

プリンターもそれに応じて忠実に印刷をしてくれます。

これらをパソコンで組み合わせ、沖縄の中学生が面白半分で千円札と5千円札を作ってしまったのです。
予想以上にいいものができたので使ってしまったとのことですが、
10数枚も使って面白半分は無いでしょう。

偽札作りは重罪です。

絶対に行ってはならない行為なのです。

書き間違った伝表を書き直すのとはわけが違うのです。

来年には偽造を防止する仕掛けがある新札が発行されるそうですが、
果たして「悪の偽札作りプロ」や「いたずら心」を封じることができるのでしょうか?。

阪神NHKうちわ 一般に市販されている機器の進化が激しく、その道のプロでなくても
低価格でできてしまうのですから困ったものです。

一時カラーコピーで偽札を作った人も居りましたが、最近のコピー機はお札を感知して何がしかの文字が浮き出るように作られているそうです。
私はパソコンの機能、働きを、自分に置き換えて、私ができないことを、
よくもまぁこんなことまでと驚きと感心するばかりなのです。

しかし立場の違う人たちは、その使い方でいかに世の中を、法の網を、
人の目をパソコンを使って潜り抜けるかと日夜探求されているわけです。

よく『善と悪の追いかけっこ』言われる所以です。
残念ながらこのことわざは、未来永劫(みらいいえごう)続くのでしょうね。

今日8/26、
NHK大阪ホール500インチのハイビジョンシアターを
甲子園球場の「阪神対巨人戦」中継で体験できると気合を込めて行きましたが、
試合開始直前から降雨、中止となりました。

次回8/28に期待しております。

8月に入って負け越しておりますが、2位巨人と12.5ゲーム差、
残り試合は30ゲーム、もうここまで来て優勝をしないことは
とても難しいことです。
ということは『優 勝』あるのみです。

■  2003/8/27 (水)   火星が最接近

世界各国の火星観測衛星もいろいろな趣向を凝らして接近中。

観測成果は少し時間を置いて発表されるでしょうが、
何はともあれ記念の日に書き留めておきましょう。

火星の図

南極冠: 画像は、極冠の濃淡を見事にとらえています。

夏を迎えつつある南半球では、二酸化炭素で出来ている極冠が溶けて、
次第に縮小しています。
その溶け方が一様でないために、極冠に濃淡が生じているのです。

北極地方: 画像に向かって下の北極地方には、

極雲と呼ばれる青みがかった雲が見えています。

朝霧: 向かって右側の縁には、朝霧が漂っている様子が見えています。

山岳雲: 一方、向かって左側の縁には、夕方に現れる雲が写っています。

左の縁に見えている円形状の白い塊がそれで、
アルシア山の頂上に発生した雲です。
このような雲は、山岳地域に夕方に現れる雲のひとつです。
また、この北側(向かって下)には、太陽系最大のオリンポス山も見えています。

火星儀との違い: 今回得られた画像は、模様の濃淡が公開されている

火星図と多少異なっています。
これは、公開されている火星図は、
探査機で得られた画像を元にして作られているためです。
地球には、海と陸のような明確な区別がありますが、
火星にはそのような区別がありません。
火星の模様は、岩石や砂粒の微妙の反射率の違いで見えています。そのため、
太陽の光があたる角度や観測する角度で模様の見え方も変わってしまいます。
火星のハイビジョン写真
  2003/8/28 (木)   パソコンの利用 3
パソコンを利用し、電子メール、インターネットで情報や意見の交換をすることで、
世界は言葉の違いを除けば地域、地方の距離がなくなったことに等しい出来事です。

私のようにしゃべることが苦手な者であっても、
パソコンのおかげで、
社会とのつながりや自分の意見を受発信することができるので、
広い意味で社会の窓が開かれていることになります。

そんな表現と交流の場で、前へ進む友もできれば、
お互いが前に向かって励みとする場にもなるのです。

インターネットの普及は社会進化の中で蒸気機関が開発されて産業革命が起こり、
ガソリンエンジンで自動車、電気が灯され、
次々といろんな分野で電気が活用されたことに匹敵する出来事ではないでしょうか。

こんないいものでも利用を間違うととんでもないことになります。

  • 爆発物の製造方法のホームページ。
    具体的な材料や製造方法がわかれば、興味を持ったものは試したくなるものです。

  • 自殺志願者を集める掲示板。
    自殺がしたいなら道連れを求めないで欲しいものです。 一人で行きたくない仲間ができれば怖くない気もわかりますが、思案中の人を引っ張り込むことになり、してはいけなことです。 そこまで育てられた親御さんの悲しみは、はかりしれないものがあります。

  • 偽装商取引で詐欺の手段に利用する人。
    人を騙す、陥れるということはその人が持っている発想力や演技力でひとつの才能かもしれませんが、使い道を変えてその力を発揮して欲しいものです。

  • パソコンの機能と動作を狂わすウイルスソフトを撒き散らす輩。
    誰もができるいたずらではないと思います。知識と才能が無い私にはとてもできません。 ウイルスソフト会社が裏でしているとの噂もあります、できる人には愉快でたまらないのかもしれませんが、世界中に騒動をまきおこすことはひとつのテロ行為ではないでしょうか。発信者を特定できず、事後処理だけに右往左往していることが歯がゆいものです。

  • 他人のパソコン内部の情報を意図的に操作撹乱することに喜びを感じる人たち。
    困りごとは、ウイルス発信者と共通するところです。

  • アダルト関係など要注意なのかもしれません。
    残念ながらアダルトに関しては男性の興味をそそりビデオやパソコンの普及に寄与していることも否定はできません。

インターネットの世界は言語、法律の違う国境を越え、
すごい情報量が瞬時に飛び交い交錯するので、違法行為をとりしまるすべがまだまだ未塾未完成です。
通信の秘密保持や言論の自由、人権の壁もあるでしょうが、社会に迷惑をかける事柄については法整備と取締りを、悪知恵者たちの動きより迅速に対応して欲しいものです。
日本の役所は、とかく大勢の被害者やトラブルに巻き込まれる人が出るまで放置し様子を見ることが多いのですが、インターネット時代では悠著なことは許されません。
住基ネットもスタートしたことです。善良な国民が安心してインターネットができるよう、しっかり対応していただきたいものです。

■  2003/8/29 (金)   NHK大阪ホール

斜めのガラスで囲われたロビーが特徴

8/26に続いてNHK大阪ホールへ・・。

阪神高速道路を通るたびに大阪城近く、新しくできたモダンな建物が
気になっておりました。

2段階のエスカレーターで一気にホールへ、中央付近で空いたところに席確保し一安心。

場内はカメラなどの録音機器、鳴り物、飲食物はダメ、
メガホン、拍手、歓声はOKとのことでした。
ロビー横で軽食とビールが(有料)準備されており、戦に備えてサンドイッチとビールを食しました。
トイレは明るくて清潔、豪華な雰囲気で好印象です。

さぁ心身ともフレッシュにし、席に着きます。

ロビー天井 中継前にNHKは視聴料で成り立っていることをテーマにしたビデオ鑑賞。
東京の彼と宮崎の彼女が離れていても、朝の連ドラをともに鑑賞し携帯電話で愛を語る筋立て、NHKは全国均一に放送をしており「視聴料に協力してください」ということです。
続いて簡単なデジタル放送(BS、地上波)の魅力についての解説がありました。
(デジタル放送になるとセットの登録が必要になります。)
今回の「NHK大阪ホールで阪神タイガースを応援しょう」は受信料の広報が目的で催されたようです。

心配していた雨も大降りが無く試合開始となりました。
試合は阪神の一方的な展開となりました。
実際には数多くのピンチがあり、そこで長打を何とか封じ得点を防ぎました。
逆に阪神タイガースは広沢、アリアス選手がチャンスで2発ずつもホームランを打ち込んだ結果なのです。
できすぎの戦いでした。

ホールは甲子園球場と同じ大歓声とメガホンの打ち鳴らしで盛り上がり、
私はあまりにも騒ぎすぎて、のどがいがらっぽくてかすれ声になっております。
見に行った甲斐があったというものです。

  2003/8/30 (土)   厚生白書で

8/28の小泉メールで坂口厚生大臣が厚生白書の
「少子高齢社会の将来について」を取り上げて紹介されておりました。

お年寄りだけで生活されている方が増えているが、
その人たちの年収で子供たちと同居したいかどうかの意向が違うということです。
年収100万未満の高齢者は47.5%が同居を望み、
400万以上の方は23.1%と半減しています。

子供の出生率では親と同居する3世代同居家族が、出生率も高くなっています。
地域的な傾向は、働いている女性、女性の働いている率が高いほど、出生率も高くなっています。
北陸や東北で出生率、同居率とも高い傾向です。

大臣はこのように
夏も終わり 蛍 「孤独に生きる楽しさと難しい人間関係を乗り切る生き甲斐と、どちらが人間らしい生き方かを問いかけるように思えてなりません。人は孤独に生きていては繁栄しない。」

年金についても、
払い込んだ金額と受給できる金額の比率が年々少なくなっていくことが
計算上で発表されております。


お金持ちは、人に制約されずに生きてゆきたい。
大家族の気配りはいやだ、子供の世話にはならない。
一方所得が低い場合は大家族、子供(孫)の面倒も見るから同居して
合理的にやっていこう、ということでしょうか。

これから先、科学技術はまだまだ進歩するでしょうが、
それらが人、地球上の生物に幸せを運んでくれるのでしょうか?。

確実に個々の生活環境は先へ行くほど厳しいものが待ち受けているようです。

享楽的なことはできませんが、日々、健康に留意し気力を充実させて、
ささやかであっても満足と喜びを感じ、感謝の生活をしてゆきたいものですね。

■  2003/8/31 (日)   Bフレッツ

皆様はお変わりございませんか?

歳を重ねて、めっきり暑さに弱くなった私、暑い8月も今日で終わり、
過ぎ去っていく夏には名残惜しいですが、今年はへたばることなく過ごせそうです。

4、5月に大々的にテレビCMで
『Bフレッツ』光ケーブル回線をNTT系で強くお勧めしておりました。

リンクしているヘミングの西久保先生もお使いの「ISDN」から
『Bフレッツ』にして超快適とのレポートがあり、
金額的にも月々オール込みで6000円強ほど、
そんなところで私、親しい人に依頼を受けて、5月の連休前に申し込みをいたしました。

ADSLと同じように2週間ほどで開通するように思っておりましたが、
予定が予想に反して8月半ば過ぎ、ご本人の了解を得て申し込みをしておりました。
マンションでは事前調査があるそうですが、
一戸建ては「じか引き」でその必要が無いのです。

今日、8/31まだ開通しておりません。

楽しみにしている本人さんの気持ちを考えるとこちらまで辛くなってしまいます。

大会社のセクションは細かく分かれており、
自分の持ち場だけのことしか気が回らないと思いますが、
依頼されている業務の全体の流れはどこかでつかんでいるのでしょうか。
申し込みを受けて、次の段階へ詰め込んでは行くけれど、
仕事の消化具合を確認し、停滞中のお客様へ適宜連絡を入れることも重要な仕事であると思うのです。

どうしても数字や金銭にかかわる事柄だけが重要視され、
途中の逸れたもののホローが忘れ去られているような気がいたします。

明日、私は気合を込めて問い合わせをしたいと思います。




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曲は 『 旅 立 ち 』
季節は夏・・・・
素敵な夢と期待をこめて
いい人を探しに
旅をしたいですね。
その行き先は。。。
貴方のところかも・・・